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22:53:47
04

しあわせごはん。.. 02

 リル、と名乗ったその子は、俺から数歩ほど離れた先でぴたりと歩みを止めた。目の前まで来ないのは、やっぱり俺を警戒しているんだろう。
 俺は今しゃがみこんでいる状態で、女の子の顔の位置は俺の少し上くらい。怯えている相手より目線が下なのは、ちょうど都合が良かった。今ここで俺が立ってしまえば、途端にこの子はビクリと体を強張らせてまた逃げ出してしまうかもしれない。
 とりあえず警戒心を解いてあげたいと思った。スマホを返してもらいたい気持ちも勿論あったけど、このまま怯えられ続けるのは、何というか、居心地が悪い。何か悪いことでもしたみたいで心が痛む。
 頑なに心を開かない女の子に、限りなく優しく問いかけてみた。



「え……と、リル……って、名前?」

「リルはリルだよ」

「え?あ、うん。そうだね」



 なんかヘンテコな返答が返ってきたが、一応受け答えはしてくれるみたいだ。
 にしても、「リル」って。いくらキラキラネームでもそんな名前の奴なんているんだろうか。アメリカ人みたいな名前だけど、女の子の顔を見ても日本人にしか見えないし、日本語もちゃんと訛り無く言えてるし。



「えーと、あのね。今、リルが手に持ってるスマホね」

「すまほ?」

「うん。それ、俺の物だと思うんだ。返してもらってもいいかな?」



 相手は小さい子供だ。ちゃんと言葉の意味が通じるように、ゆっくり、わかりやすく言ってみたつもりなんだけど、通じたかな。ちょっと不安になったが、俺の言葉を受けてリルは一度手元にあるスマホに視線を落とした後、小さな腕を目いっぱい伸ばして、「ん、」と俺にスマホを差し出してきた。返す気はあるみたいだ。
 怯えさせないように、ゆっくりと立ち上がる。リルは逃げることなく、黙って見ていた。

 が、ここで新たな問題が発生した。以前として警戒心バリバリのリルは、その場に留まっているだけで俺に近づこうとしない。俺が自ら近づかない限り、スマホまで僅かに手が届かないのだ。



「……えっとね。ちょっと届かないから、少しだけ近づいてもいい?」



 ほんの少しだけ前に進めば、手が届く距離。けど、俺が少しでも動けば、怖がって逃げてしまう気がした。だから、一応断りを入れてみる。リルも納得したようで、こくんと小さく頷いた。

 が、俺が一歩足を踏み出せば、リルは一歩後ろへ下がる。
 また俺が一歩進めば、リルも一歩下がる。
 今度は二歩進んでみれば、リルも二歩下がる。
 一進一退。なにこれコント?



「……いいや。リル、しばらくソレ預かっておいて」

「……」



 リルの表情はいまだに硬いまま、まだ怯えきっているのがわかる。そんなに危険人物に見えるんだろうか。
 どうにかしなければ、と気が焦る。スマホも取り戻したいし、こんな雨の中、迷子かもしれない女の子を放っておくわけにもいかない。小雨とはいえ、このままじゃ2人ともびしょ濡れだ。風邪をひいてしまっても文句言えない。
 それに、この子の格好も気になる。ワンピース1枚に、裸足、アニマルグッズを装着させた子供。これだけで十分、怪しさ満点だ。



「……リル、1人なの?お父さんかお母さん、一緒じゃないの?」

「……」

「あと、靴は?どっかで脱いじゃった?」

「……」

「お家、どこ?わかる?」

「……」



 ダメだ。警戒心を解くどころか、ますます表情が硬くなっていく。質問攻めにし過ぎたのか良くなかったんだろうか。追い詰められていると感じたのかもしれない。迷子なら近くの交番に連れていきたいけれど、この状態じゃ連れていけそうにもない。
 未だにリルは俺から適度な距離を保ったまま動かない。その大きな目に、俺の姿を捉えてじっと様子を窺っている。もし自分の身が危険だと感じた時に、いつでもすぐ逃げられるような距離にいたいんだろう。まるで野生動物みたいだ。
 レプリカらしくないケモノ耳としっぽは、心なしか毛先が逆立っているように見えた。

 その時。ぐううぅ……と、この重苦しい雰囲気に場違いな呑気な音が、リルのお腹から鳴り響いた。



「……おなかすいた」



 空腹の音と同時にぺたん、と毛先がしな垂れた。立派なお耳もしゅんと垂れてしまった。レプリカなのに、どこまでも本物っぽい動きだ。再現力が半端ない。



「あ、これ食べる?」



 けど、これは願ってもないチャンスかもしれない。肩に担いだままのカバンを下ろし、中を漁る。取り出したのは手のひらサイズの小さなお菓子。学校の食堂のオバちゃんから貰ったソレは、家に帰ってから食べようと思っていたチョコレート。ウエハースでサンドしてある、定番のあのお菓子だ。
 差し出されたものが食べ物だと気付いた時、さっきまで垂れていたリルのケモノ耳がぴょこん、と立ちあがった。もふもふのシッポも左右に揺らぎ始めた。恐る恐る近づいてきたリルに、包装された袋を剥いで、そのまま手渡す。
 俺の手からリルの小さな手に渡ったソレは、袋から取り出したせいで少し雨に濡れてしまったけれど、リルにとっては然程問題ではなかったらしい。かぷっと菓子の先端にかじりついて、ウエハースのサクサク感とチョコ独特の甘さを味わっている。その後はもしゃもしゃと食べ始めた。
 一緒に持っていたスマホは、チョコを手渡した際にさりげなく奪った。



「おいしい?」

「うん」



 俺の問いかけにリルは大きく頷く。その表情に怯えた様子は無く、にわかに笑みが浮かんでいた。

 どうやら餌付け作戦は成功したらしい。お菓子はいつだって人を幸福にするものだ。
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