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08:57:50
12

お腹がすきました。 .. 01

 水森さやかと出会ったのは、麗らかな春の午後の事だった。

 契約を結んだばかりの取引先に朝早くから赴き、打ち合わせをすること数時間。相手のご機嫌取りにもほとほと疲れ果て、やっと解放されたかと思えば時間は既に15時を回っている。本来なら昼前に自社に戻れる筈の予定が、全て狂ってしまった。この後に急ぎの用件がなかった事だけが幸いだった。

 受付の女性社員と会釈を交わし、1階のエントランスを出る。緊張が解け、肩の荷が軽くなると同時に感じた空腹感。摂食中枢が刺激され、胃をぎゅっと掴まれるかのような痛覚が襲う。
 この際昼食と夕食を同時に取ってしまおうかと、近くのコンビニでおにぎりとパンと、ついでに冷えたお茶のペットボトルを購入した。正直これだけで腹が満たされるとは思わないが、この後も当然仕事は重なっていて、つまり満腹状態だけは避けなければならない。眠気が襲ってくるからだ。
 若干空腹を感じる程度の方が、仕事の効率的にはちょうどいい。

 駐車場に停めた車に乗り込んで、購入した物を詰めたレジ袋を、財布ごと助手席に放り投げる。シートベルトをきっちり締めてからエンジンをかけ、アクセルを踏み込んだ。
 しばらく大通りを走り、途中から道を逸れて住宅街へと進路を変える。会社までの近道があるからだ。
 さっきまでポカポカと地面を照らしていた陽は徐々に傾きを見せ、夕刻の闇へと周囲を包み込もうとしている。暗くなる前に会社に戻りたいと思った、その時だった。



「……?」



 道端に女の子が倒れている。

 いや、倒れているというより、蹲っているという言い方の方が正しい。背中まであるストレートな髪が顔を覆い隠していて、彼女の表情は車内からではわからなかった。けれどどうにも尋常ではない様子に見える。貧血だろうか。

 近くに車を停めた後、運転席から降りてすぐ彼女の元へと駆け寄る。夕暮れの住宅街は思ったよりも人気が無く、周囲には俺以外誰もいなかった。彼女の状態によってはすぐに救急車を呼ばなければならない事も考慮して、鞄の中に入れたままのスマホも取り出しておいた。
 外壁に片手をついて屈んでいる彼女の肩にトン、と軽く触れてみる。



「あの、大丈夫ですか」

「……」



 応答がない。肩をとんとん、と再度叩いてみても、彼女は振り向くどころか微動だにしない。けれど微かに、「うぅ……」と苦しげな呻き声だけは、かろうじて耳に届いた。
 貧血かと思ったが、もっと深刻な状況なのかもしれない。表情はわからずとも、具合が良くなさそうなのは見ていてわかる。体調が悪いだけなら自分の車で病院まで連れて行く事も出来るが、喋る事もままならない状態なら、素人判断はせずに早急に助けを呼んだ方がいいだろう。
 すぐに救急車を呼ぶので、そう彼女に伝えようと口を開きかけた時。



「………お腹が……すきました……」

「………へ」


 スマホを操作しようとしていた手が止まる。
 屈んだまま空腹を訴えた女の子と、傍らで絶句している俺。
 その直後、ぐおおおおおぉぉ、と。
 とてもお腹の音とは思えない、怪獣の咆哮のような凄まじい音が、夕暮れの静かな住宅街にこだました。



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