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08:12:55
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お腹がすきました。 .. 03

 もう会うことは無いだろう。
 そう思っていた彼女に、いきなり再会した。
 行き倒れていた彼女を助けた、その翌日の事だった。


 出社前。自社ビルのエントランス。奥のエレベーター前に彼女はひとり立っていた。手にはピンクのショルダーバックと昨日見たトレンチコート。うちの制服を着ていた。
 昨日の彼女の格好が脳裏に浮かぶ。コートの襟元から覗いていた制服は、うちの会社のものだったようだ。全く気付かなかった。そもそも女性社員の制服デザインなんて、どこの会社も似たり寄ったりなものばかりだ。まさか同じ会社の人間だとは夢にも思わない。

 どうする、と思考を急かす。また偶然街で会ったとしても関わらない、俺はそう決めていた。けれど、それが同じ会社の人間ならそうもいかない。何より、「また会えるなら会ってみたい」、微かに抱いてしまった彼女への興味が、女と関わりたくないと頑なになっていた俺の意思をぐらぐらと揺らぎ始めていた。

 彼女に目線を止めたまま呆然と立ち尽くす俺の横を、同じように出社してきた社員が素通りしていく。
 自分に注がれる視線に感付いたらしい彼女が、その視線の矛先へと顔を向けた。当然、その矛先は俺だ。
 ぱちり。彼女と目が合う。大きな瞳がぱちぱちと数回瞬きを繰り返す。あっ、と開いた口がそう発するのが、遠くからでもわかった。
 ポン。到着を知らせるエレベーター音が静かに鳴り響く。当然のように開かれた扉に、けれど彼女は乗り移らなかった。背中まである艶やかな髪をなびかせながら、とてとてと俺の方へ駆け寄ってくる。顔は相変わらず、無表情に近い。



「キリタニさん。おはようございます」

「おはようございます」

「同じ会社の方だったんですね」

「そうみたいですね」

「びっくりです。こんな偶然ってあるんですね」

「俺もびっくりしてます」

「あの。途中までご一緒してもいいですか」

「いいですよ」



 断る理由など無い。俺は素直に頷いた。
 敬語に直したのは、もしかしたら彼女が同じ会社で働く先輩かもしれないからだ。

 共に並んで歩き出す。既に別の階へと稼動していたエレベーターの到着を待つ間、改めて自己紹介を交わした。

 彼女――水森さやかは、俺と同じ時期に入社した子だった。つまり同期。先輩ではなかったようだ。
 マーケティング部門に所属していて、今年で2年目。俺は営業部門だから、部署や役割的には近い位置にいる。マーケ部門の仲のいい人間と情報交換する事だってある。
 とは言え、大掛かりな案件を抱えていない限り、マーケの人間と直接関わる事は少ない。それなりに社員数の多いこの会社で、彼女の存在を知らなかったのはある意味、仕方ないとも言える。
 昨日、あの時間帯に住宅街を歩いていたのも、彼女がマーケの人間だと知って納得がいった。俺らは営業職で完全に外回りの仕事だけど、マーケはデスクワーク型も多い。けれど常に変動していく市場のリサーチにログ解析、顧客分析を駆使して市場の構造やターゲットをより正確に描く為に、外へ出向き直接足を動かすことだってある。彼女があの場にいたのも、そういう理由なのだろう。

 ………空腹で行き倒れていた件については、目を瞑る。



「昨日は、本当にありがとうございました」

「いえ。あれから、倒れたりしてない?」

「何とか生き抜いております」

「それはよかった」

「お恥ずかしいところをお見せしてしまいました。すみません」

「おにぎりひとつで足りたの?」

「全然足りなかったので、あの後、牛カルビ特盛り弁当を3つ食べました」

「……3つも」

「はい」

「すごい食べるんだね」

「私にとっては普通なんですが」



 真顔で言う。
 たまに発言がおかしい。
 何だろう、妙に面白い子だ。

 到着したエレベーターに乗り込んで、3階と4階のボタンを同時に押す。俺と彼女以外、エレベーターに同乗した人間は誰もいなかった。



「あのさ。昨日の事なんだけど」

「はい」

「ご飯でも一緒に、って言ってたヤツ。どうかな、今日」



 自然を装ってさらりと誘ってはみたものの、実のところ俺は緊張していた。
 昔から女は苦手だった。だから自分から必要以上に話しかける事もしないし、関わろうともしない。食事に誘うなんてもってのほか。その俺が、まさかこうして女を誘う日が来るとは思わなかった。自分で自分の発言に驚く。
 水森に対して苦手意識は全く抱かなかった。昨日の件で、彼女の聡明さを目の当たりにした時、胸に沸いたのは嫌悪感ではなく好奇心。女の内面にある苦手な部分、それを、彼女からは何ひとつ感じなかった。そればかりか、もっと話してみたい、仲良くなってみたいという気持ちが俺を突き動かしている。
 それに、マーケの人間と情報を共有できるチャンスでもあるから。
 ……まあ、これは完全に言い訳だな。



「もちろん大丈夫です。お礼させてください」

「お礼、とかじゃなくてさ。ただ一緒にご飯を食べに行こうって話」

「なるほど。ご飯仲間ですね」

「え?あ、うん。それでいいけど」



 お礼とか、そんなにかしこまって欲しくない。お礼されて当然だとも思ってない。



「あ。着いたので、わたし降りますね」

「うん。仕事終わったら1階で待ってる」

「はい。17時ですね。楽しみにしてます」



 3階でエレベーターを降りた彼女は、扉が閉まる寸前、また俺に向かって深々と頭を下げた。この光景は何度目か。その礼儀正しい姿勢に、更に好感を覚えた。マーケ部門の水森さやか、か。
 大食いで、ちょっと天然入っていて。けど幼い見た目とは裏腹に賢い。なぜかいつも無表情の、礼儀正しい女の子。
 ……変わった子だな。普段からあんな感じなんだろうか。
 彼女の事をもっと知ってみたい。
 そんな思考がぐるぐると頭の中を駆け巡る。仕事中も休憩中も、なぜか彼女の存在が気になってしょうがなかった。



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