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07:00:45
15

短編 .. 01



遊び人の先輩刑事と、新人後輩さんのお話。


------



 ――体がひどく重い。
 疲労感で重い体に鞭打って、7階へと続くエレベーターのボタンを押す。ポン、と控えめな音が到着の音を鳴らす。肩の凝りを指先でほぐしながら、強行係と書かれたプレートが天井からぶら下がるスペースへと足を踏み入れた。
 時計の短針は6時を示していて、普段の出勤にはまだ早すぎる時間帯。室内はがらんとしていた。


 ……と思いきや、その場にいたひとりの存在に気づく。


 ほのかに漂う珈琲の香り。
 彼女の視線は手元の珈琲メーカーに注がれていた。こちらを振り返る様子はなく、誰かが課に入ってきた事に気づいてはいないらしい。
 背を向けているため表情はわからないが、軽やかに紡ぐ歌声が彼女の心境を語っていた。どうやら機嫌が良いらしい。
 コポコポと心地よい音をたてるあの機械は、恐らく交通課から拝借したものだろう。利用者が少なく出番がほぼ無かったらしいから、交通課に置くよりも、書類整理に追われる夜勤組の多い刑事課に場所を移した方が、珈琲メーカーとしての本来の活躍の場も多い筈だ。


 一つに束ねられた彼女の後ろ髪が、朝陽に照らされてひときわ鮮やかな茶に染まる。僅かに開かれた窓から入り込む柔らかな風が、さらりと彼女の髪をなびかせていて。
 綺麗だと思った。


「おはようございます」

「へっ、あっ、びっくりした。おはようございます。早いですね」


 コーヒーカップを両手に抱えて振り向いた彼女と笑みを交わす。この春に、警視庁の刑事課へと配属された彼女と、指導の意味も込めてバディを組む事になって、既に3ヵ月弱。最初こそぎこちない雰囲気はあったものの、共に捜査を進めるうちに、互いの性格や会話の流れの感覚は掴めるようになってきた。物覚えのいい彼女は仕事を覚えるスピードも早く、指導する側から見てもよく頑張っている方だと思う。それなりに、刑事としての素質は兼ね揃えているようだ。


「宿直ですか」

「はい、課長と」

「その課長の姿が見当たりませんが」

「今は捜査二課に出向いてます。何か用事ですか?」

「いえ、特には」


 彼女の手元からひょいとカップを奪う。
 あっ、と発せられた驚きの声に構わず、それを口にした。苦味のある独特の味わいが、香りと共に口の中に広がっていく。蓄積された疲労感が解かされていく感覚に自然とため息が漏れた。


「お気遣いありがとうございます。美味しいですね」

「ええ……それ私が飲もうとしたやつなのに…」

「そうでしたか。そうとは知らず、大変申し訳ないことをしました」

「白々しさにも程があります」

「お詫びにどうぞ」

「いりません」


 お詫びと称して差し返したカップを一瞥した彼女は面白いくらいに不満げな表情をしていた納得いかない、といったご様子。
 そう仕向けたのは自分だけれど。
 彼女のこんな表情を見るのは嫌いではない。
 再び零れそうになった笑みをコーヒーと共に飲み込めば、今度は睡魔が襲ってくる。
 目蓋が重い。
 堪らず欠伸を噛み殺した時、目の端でこちらを見上げる彼女の視線を捉えた。


「奥で少し仮眠とりますか?まだ時間はありますし」

「貴女はよろしいのですか?」

「私はこれから帰って寝ますから。……というか、どうして今日はこんなに早いんですか?」

「……。聞かない方がいいと思いますが」

「は?なんでですか。余計気になります」

「『今朝方まで女性と情事にふけこんでました』。これで納得頂けましたか」

「……ものすごく納得しました」


 聞かなきゃよかった、とか。
 刑事が何してるんだ、とか。
 そんな非難の言葉を浴びるはめになるだろうが、そんな彼女の嫌悪感丸出しの表情を上から眺めるのも悪くない。そんな歪んだ感情を抱きながら隣の彼女の反応を待つ。


 が、待った先にあったのは予想外の展開で。


 少しだけ背伸びした彼女。
 不意に近づいた顔と顔の位置。
 あと数センチで頬が触れあう距離に自分の顔があるわけで。


「事情はどうあれ、先輩ちゃんと寝た方がいいですよ。ほら、目の下にクマできちゃってる」


 まるで瞳の奥を覗きこむように顔色を窺う彼女に一瞬、言葉を失った。と同時に胸に沸き起こるひとつの感情。


 これは。
 全く予想していなかった。
 なんというか。
 嬉しい誤算。


 ぴっと向けられた人差し指まるごと、手首を掴んで引き寄せる。


「こんなに顔が近いと、キスができそうですね」

「は、」

「実行に移しても?」


 驚きで見開いた瞳を真っ直ぐに見返す。次はどんな表情で自分を驚かせてくれるのか、どこか楽しんでいる自分がいた。




(はー…そうやって口説くんですか)

(は?)

(少女漫画みたいですねー)

(……)

(壁ドン並の破壊力かも)

(……手強いですね)

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