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08:20:30
19

お腹がすきました。 .. 09

 ――デートに誘った次の日。水族館に行きたい、そう彼女は言った。



 意外な返答だった。水森の事だから、有名スイーツ店や行列の並ぶ人気ラーメン店の食べ歩きツアーにでも引っ掻き回されるかと思ってた。彼女と2人で過ごせるならそれでもいいとか思っていた自分も大概だ。けれど予想に反して返ってきた答えは、水族館。普通すぎて、本当にそれでいいのかと何度か尋ね返してしまったくらい。
 そんな俺の態度にも、彼女は表情を変えない。態度も淡々としている。昨日の、少しくすぐったいくらいのもどかしい空気は微塵も感じなかった。



・・・



 デート当日は外もよく晴れていて、街も家族連れで賑わっている。
 職場から然程離れていない1LDKのマンションに、水森は一人暮らしをしている。夕飯を一緒に食べた帰りは俺がマンションまで彼女を送っているから、住んでいる場所も把握済みだった。
 目的地に着く前にコンビニに寄って、彼女の好きなお菓子をいくつか購入しておいた。……多分、すぐなくなると思うけど。
 マンション前に着いて一度車を停めた後、彼女にメールで到着の旨を告げる。数分後に部屋を出てきた彼女は、花柄のカットソーにクロップドパンツというカジュアルな格好だった。見た目の可愛さよりも動きやすさを重視した機能型。けどワンポイント的に添えられたブルーストーンのネックレスやブレスレットが目をひいて、センスの良さを感じさせた。
 花柄のチャームが付いたトートバックを抱えた彼女が、助手席に乗り込む。ふわりと、石鹸のような爽やかな香りが舞い込んだ。



「やっぱり、花柄なんだ?」

「そうですね。昨年に続いて、今年も大柄な花模様のファッションが女性に流行ると思います。ひまわりとか、ハイビスカス系ですね」

「へえ」



 車内で盛り上がる話題はやっぱりというか、仕事の事。休みの日までこんな話を持ち出さなくても、そうは思っていても、目に付くものは全部仕事関連に繋げてしまうのがお互いの性だった。これはもう、俺も水森も基本仕事人間だから仕方ないのかもしれない。職業病ってやつだ。
 何か、可愛いとか似合ってる、とか一言あってもよかったかもしれない。そこまで気が回らなかった事に後悔を抱く。けどもう今更な感じがして、結局何も言えなかった。



 週末の水族館は結構な人で溢れていた。特に家族連れが目立っていて、ちらほらとカップル連れも見かける。自分達も、周りからそう見えるのかと思ったら、少しむず痒い気分になった。
 視界全体を見渡すほどの大きな水槽には、大小様々な魚の群れがゆらゆらと優雅に泳ぎ回っている。その光景は圧巻で、思わず息を呑む。



「水森、ジンベエザメいる」

「わあ。でかい」

「あんなの、どうやって水槽にぶっこむんだろうな」

「ジンベイザメって焼いたら美味しいんでしょうか……」

「……さあ」

「でも焼いて食べるならサンマがいい……」

「俺はサバの味噌煮が好きだな」

「サバも美味しいです……」

「でも釣れたての魚を焼いて食べるものに勝るものはないな」

「同感です。新鮮な魚が一番美味しいです」

「向こうにエイの群れもいる」

「あの大きさなら2匹はギリ食べれそうです……」

「イワシの群れとかすげーな」

「あれなら20匹はいける……」

「2桁いっちゃうのかー」



 何でも食べる事に脳内変換してしまう水森と、それに合わせる俺の会話ははたから見たら異常でしかない。とてもじゃないが水族館で話すべき内容じゃない。空気読む気ゼロの俺達に、目の前で悠々と泳いでいた魚達は、身の危険を感じ取ったのか急にぐるんと方向転換した。そしてその場から颯爽と逃げ出していく。何というか、連れが色々と申し訳ない。



「あっ、」



 ドーム型の水槽トンネルの通路に差し掛かった時、隣で歩いていた水森が急にふらついた。足元の段差に気付かなかったらしい。つまづいて転びそうになった所を、咄嗟に二の腕を掴んで引き寄せた。



「すみません」

「足ひねってないよな?」

「それは、大丈夫です」

「ならいいけど」



 腕を離そうとして、けど思い留まる。そのまま滑るように下へと降ろした手を、彼女の指に絡めた。



「……っ、」



 俺を見上げてきた水森の顔は、珍しく驚きに満ちている。彼女の顔をまともに見れなくて、そのまま手を引っ張る形で、前へと向き直って歩いていく。彼女は抵抗することも無く、手を繋いだまま俺の隣をトコトコとついてきた。その様子が何だか小動物みたいで、可愛い。思わず顔が緩んでしまう。水槽に映る2人の顔が若干赤く見えたのは、気のせいだと思いたい。



「……腹へった」

「……え。あ、そうですね。もうお昼です」

「何か食べる?」

「はい。あの、」

「うん?」

「隣の港に、船があるんですけど、見えましたか?」

「船?そういえばあった気がする」

「そこ、船上レストランなんです」

「へえ、そうなんだ。そこで食べる?」

「あ、いえ、あの」

「ん?」



 珍しく、煮え切らない言い方。水森のこんな態度は滅多に見れない。



「その船の下に、海中レストランがあるんです」

「そうなんだ」

「それで、海中の方は予約制になってて」

「ふうん。人気なんだ?」

「はい」

「もしかして、もう予約してあったりとか?」

「そう、です」

「へえ。準備早いな。もしかして水族館誘ったのって、海中レストランが目当て?」

「……はい」

「はは。水森らしいなー」



 失礼な言い方だが、初めてのデートに水森が水族館をセレクトしたのが、彼女らしくなくて。ずっと気になっていた。けどそういった理由なら納得できる。



「けど、それなら最初からそう言ってくれればよかったのに」

「……」



 何気なく放った言葉に、彼女はぴたりと歩みを止めた。当然、繋がれていた手も止まり、俺の足もその場で動かなくなってしまう。目線の先にいる彼女は相変わらずの無表情で、なのに。なんだろう、どこか酷く怯えているように見える。



「……どうした?」

「……ごめんなさい」

「何が?」

「……その、折角のお出かけなのに、ご飯の事ばっかりで」

「……?」

「……子供っぽくてごめんなさい」

「……」



 先日の、彼女の言葉が蘇る。

 「自分は恋愛に向いてない」――まだ、たった20の女の子が言うには、それはあまりにも達観しすぎてる言い草だ。

 水森は確かに見た目は可愛いし、反して中身が面白い。そのギャップに惹かれて周囲の人間が集まってくるんだろう。女友達だけじゃなく、男も。もしかしたら学生の頃は結構モテていたのかもしれない。
 過去付き合っていた奴らは、そんな彼女の一面しか見えていなかったんだろうな。未熟で経験も浅い学生なら仕方ない。付き合い始めてからわかる彼女の無邪気な面に、抱いていたイメージの違いに、それまでの興味が薄れてしまうんだろう。「実際付き合ってみたらなんか違った」、そんな残酷な一言を切り刻まれて。
 勝手に興醒めされて、一方的にフラれて。そんな事を繰り返されたら、水森が恋愛に臆病になるのも判る気はする、けど。



「……思ってない」

「……?」

「ガキっぽいとか思ってねーから」



 俺も、そういう奴らと同じだと。
 少なからずそう思われていた事に、少し傷ついたけど。
 けど彼女が過去に受けた痛みを知ってしまったら、責めることなんてできない。

 それに。男に媚売るような女より、食に走っていく水森の方が素直で可愛いと思う。そんだけ。



「腹減って限界。行こ」

「あ……はい」



 戸惑いの視線を向けていた水森の手を握って、入り口に向かって歩いていく。少しだけ覗き見した彼女は少し俯き加減で、でもその表情は心なしか、嬉しそうに微笑んでいたように、見えた。

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