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08:31:30
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お腹がすきました。 .. 10



 水森が事前に予約をしてくれた海中レストランは、床以外は辺り一面ガラス張りの、深海に染まる蒼の空間が広がっていた。何十種類もの魚が目の前を悠々と泳いでいるその光景は、圧巻としか言いようが無い。客の目線は食事より外に釘付けになってしまって、それは俺も水森も同じだった。まるで海の中にいるんじゃないかと錯覚してしまうような造りに、感嘆の息が漏れる。
 ずっとここに来てみたかった、そう言った彼女の表情は相変わらず無に近い。けれど、蒼を映し出す瞳はきらきらと瞬いて、頬も僅かに紅潮している。声も嬉しそうに弾んでいて、その様子は確かに普段より、子供っぽい。でも面倒だとか、醒めたなんてひとかけらも思わなかった。むしろ、もっと笑ってくれないかなと思う。できれば他の誰でもなく、俺の前だけで。
 その権利を得る為にも、やっぱり彼女に気持ちを伝えないといけない。



・・・



 手首にはめた、蒼の結晶の輪。ターコイズのブレスレットの感触を、水森の指先が確かめるようになぞっていく。



「本当にありがとうございます」

「いや。今日付き合ってくれたお礼だから」

「私、パワーストーン好きなんです。すごく嬉しいです」

「喜んでもらえてよかった」




 海中レストランで昼食を取り、その後はイルカやアシカのショーを見て、夕方に閉館。そのまま近くのレストランで食事をして、今はその帰り。時間は既に20時を過ぎていた。
 水族館を出る前に土産のコーナーで購入しておいたアクセサリー。今日のお礼とばかりに手渡せば、彼女は目を見開いて頬を赤らめた。驚いてる時の表情。その時にふと見せてくれた、柔らかな笑みが忘れられない。普段から滅多に笑わないだけに、水森の笑顔は本当に破壊力がある。
 週に何度か共にするご飯会に、彼女が時々パワーストーン系のブレスレットを身につけていた事は既に気付いてた。好きなのかな、そう思ってターコイズのブレスを選んでみたけれど。予想以上の反応を貰えたから安心した。そうして思う。好きだなって、彼女への気持ちがこみ上げる。



 今日はもう、彼女をマンションに送り届けるだけ。けれどそのまま真っ直ぐ帰るのも忍びなくて、わざわざ遠回りな道を選んで運転する。わざとらしいよな、そう思うけれど。もう少し一緒にいたい、幼稚で我侭な望みがそのまま行動に出てしまった。水森もきっと、俺がしている事の意図に気付いてる。けど何も言わない。
 俺も、水森も、恋愛に関して決して鈍い方じゃない。多分、お互いにどう思ってるか、思われてるか。ちゃんと気付いてる。水森も俺を好いてくれている。と、思う。
 あとは口に出すタイミングだけど、これが正直迷う。できれば今日伝えたいけれど、いきなり告白しても困らせるんじゃないかと、ネガティブな思考が決意を迷わせる。
 恋愛に臆病になっている水森は、俺に気持ちを伝えようという意思はないように感じる。だから俺から伝えないと。じゃないと、いつまでたっても平行線のままだ。



「……あ」



 思考を巡らす俺の傍らで、水森が小さく言葉を切った。



「……日経新聞見るの忘れてました」

「あ、俺買ってきた。見る?」

「はい」



 一旦、路肩に車を停める。後部座席に置いてある買い物袋の中から目的のものを取り出して、彼女に手渡した。
 株投資を始めた人の殆どは、日経新聞を読むのが当たり前になっていく。それは水森も同様だったようで。



「あの」

「ん?」

「ここの漢字、何て読むんですか?」

「どれ」

「ここです」



 車を停めたまま、彼女が指し示した箇所を覗き込むように体を傾ける。そうすれば、お互いの顔も自然と近くなる。ひとつのものを2人で一緒に見る、その距離の近さが嬉しいなんてほんと重症だ。
 この狭い車内で、相手の事を意識してしまうには十分すぎる距離感。微妙に重苦しい空気がその場を支配して、お互いに口数が減っていく。新聞を掴んだまま、そっと俺から離れようとする水森を引き止めるかのように、手に触れて。告げた。



「好きだ」



 ……言った。直球過ぎた。けど言葉を選んでる余裕なんて今は無い。
 張り詰めていた空気が変わったのを肌で感じる。俺の突然すぎる告白に、水森は戸惑いの表情を見せた。
 すぐに落とされた視線は膝上に置かれた新聞に注がれていて、俺も彼女を見ずに言葉を紡いでいく。



「多分、もう気付いてたと思うけど」

「……」

「俺、水森のこと好きだから」

「……はい」

「やっぱり、気付いてた?」

「……先日から、なんとなく」

「俺わかりやすかったよな」

「……あの、いつ頃から」



 気まずそうに問いかけてきた水森から手を離す。その瞬間少しだけ、空気が和らいだ気がした。さっきまで強張っていた体は、ずっと秘めていた想いを口にしたことで力が抜けて、随分と楽になった。心も軽い。あとはもう、溢れてくる想いを口に乗せるだけだった。



「わりと、最初から」

「……最初から」

「うん。出会った時から、俺結構、水森のこと気に入ってて」

「……」

「ちゃんと自覚したのは最近だけど、本気だから」

「……はい」

「だから、付き合いたい。返事、考えておいて」



 やっぱり突然すぎたかな。考える時間をあげた方がいいのかと思ってそう告げたけれど。水森は俯いたまま、小さく首を振った。

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