--:--:--
--

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
15:42:27
23

お腹がすきました。 .. 11

「か、考えるまでもないです」

「……え」

「私も、好きです。キリタニさんのこと、好きでした」

「……」

「私もお付き合いしたい、です」



 膝上に置いた新聞の、その上で作られている握り拳は微かに震えている。その震えが緊張からなのか、それとも怯えからなのかはわからない。けれど水森の口から零れた告白は、まるで筋が一本通っているかのように真っ直ぐと、俺の耳に届いた。
 正直、不安な部分もあった。デートに誘った事も含めて、俺のアプローチに彼女は否定的ではなかった。水森が俺に向けている想いは、俺が水森に向けているものと同じ類だと直感的に感じてはいたものの、それだって確信は無い。たとえ同じだったとしても、過去のトラウマから告白を受け入れてもらえないかもしれない、そんな不安もあったから。
 けれど彼女は俺の想いに応えてくれた。チャンスをくれた。
 固く閉ざされている拳に、もう一度手を重ねる。そろりと覗き込むように、水森はゆっくり俺を見上げた。不安で揺らめいている瞳の奥には、隠しようのない淡い想いが滲んでいる。



「ありがとう」

「……いえ」

「……あのさ。いつ頃から」

「あ……私も、わりと最初から、です」

「そう、なんだ。全然気付かなかった」

「すみません、私表情無いし存在感薄いから」

「いや存在感の薄さは関係ないと思う」



 至極真面目に答える水森に突っ込みながら苦笑する。ていうか全然薄くない。あんなに皆から好かれてるくせに。

 ずっとここで駐車しているわけにもいかず、一度手を離して、ハンドルをきって車を動かす。街灯がともる道のりをゆっくりと辿っていく。辿った先にあるのは、本来の目的地だ。



「……はあ」



 隣から聞こえてきた溜息に、視線だけ向ける。水森が長く息を吐いて、背もたれに深くもたれかかっていた。夢見心地のまま、瞳が眩しそうに細められる。



「夢みたい、です」

「ん?」

「片想いで終わると思ってたので」

「……そっか。じゃあ、言ってよかった」

「キリタニさんは入社時からすごく、人気があったので。仲良くなる前は、遠い存在の人みたいに思ってました」

「前から俺の事知ってたの?」

「名前だけは知ってました。まさかあの時助けてくれた人が、そのご本人だとは思っていなかったけれど」

「あれは、びっくりした」

「思えば、すごい出会い方でしたよね」



 小さく、彼女の笑う気配がする。運転しているから仕方ないとはいえ、貴重な笑顔を拝見できなかったのが悔しい。
 その後といえば、出会った頃の思い出話に花が咲いて、気まずかった空気はいつの間にか消えていた。
 彼女と知り合ってまだ1ヶ月と少ししかたっていないけれど、その期間の殆どを、彼女と過ごしてる。出社した時に交わす挨拶。昼休憩中にも関わらず仕事の話なんていつもの事。会社の外に出れば『ご飯仲間』として色んな店のリサーチをして、会社の中ではなかなか出来ない株の話でまた盛り上がって。気がつけば数時間に渡って語り合う事なんてざらにあった。
 めまぐるしく過ぎていく日々に色を落とすように、彼女との日々は色鮮やかに溶けていく。これからは彼氏として新たな色を落としていく。新しい関係でまた彼女と関わっていけるのかと思うと、心にくるものがあった。

 散々遠回りして着いたマンション。こんな時でも律儀な水森は、「ありがとう」という言葉と一緒に何度も俺に頭を下げた。シートベルトを外して助手席から降りる姿を見届けて、俺も運転席から降りる。そのままお別れだと思っていたらしい水森は、俺の行動に首を傾げながら見つめていた。



「部屋の前まで送ってく」



 そう言って、近づいて。手を差し伸べた。おずおずと伸ばされた手を緩く握る。滑らかな曲線を描く小さな手は温かくて柔らかい。頬を赤らめて、きゅっと唇を結んでいる水森はなんというか、とても可愛かった。
 彼女の部屋は3階にある。さほど遠い距離でもない。だから手を繋いだところで、すぐに離さなければならないけど。それでも、彼女の特別なポジションに立てた事が嬉しくて、その立場を実感したかった。そんな格好悪い事を言う勇気もなく、手を繋いだままマンションの中に足を踏み入れる。
 エレベーターを使えばいいのに、わざわざ階段側を選んで歩を進めていく。上り口に着いた頃にはお互い息切れしていて、間抜けすぎて少し可笑しかった。



「今日は誘ってくれてありがとうございました」

「こちらこそ。また明後日、会社で」

「はい」

「ちゃんと鍵閉めろよ」

「はい……」

「……」

「……」



 部屋の扉の前で立ち尽くす。今度こそ離れようと思っているのに、名残惜しくて離れがたいとかほんとどんだけだよ。まだ掛けるべき言葉があるんじゃないかと思案する俺の前で、水森はじっと俺を見上げていた。と思ったら、何かを思いついたように、急に身を翻した。

スポンサーサイト

- 0 Comments

Add your comment

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。