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20:16:54
05

お腹がすきました。 .. 15

 駅前に新しいお寿司屋さんが出来るそうです、と以前水森が教えてくれた。

 水森の情報収集能力は、とにかく精度が高い。迅速・正確・的確。加えて信憑性が高い。全てのスキルが兼ね揃っている。その能力はご飯会の打ち合わせ時もいかんなく発揮する。新しい店のリサーチなど、彼女にとってはお手の物だ。一体何処から仕入れルートを確保しているんだと疑ってしまうくらい、彼女の持つ情報は的確だ。
 そしてその情報を元に決めた今回のご飯会は、回転寿司。北海道を拠点としている人気店が駅前に出店するとの事で、早い段階で2人で行こうと決めていた。新店舗立ち上げから最初の数日間は混むだろうから、客足が落ち着く頃合いを見計らって平日の今日、定時上がりに2人で向かう予定だった。

 ここまでは、よかった。



「いやほんとご一緒しちゃって悪いね。オレ邪魔じゃない?」

「とんでもないです。川井さんも一緒にご飯仲間に加わってくれるなんて嬉しいです」

「だってさー桐谷」

「……」



 なんでおめーも一緒にいるんだよ。



 いつも水森と2人きりのご飯会に、何故か今日はアホの川井も同席していた。「オレ邪魔じゃない?」って邪魔に決まってんだろ馬鹿が。空気読め。



「付き合ってるって聞いてびっくりしたよ。2人ともそんなに仲良かったっけ?」

「前に、空腹で倒れてた私をキリタニさんが助けてくれたんです」

「へえ。そうなんだ桐谷クン」

「……おにぎり1つあげただけだけどな」

「へー。おにぎり」

「おにぎりです」

「2人っていつもどんな会話してんの?」

「えーとですね、」

「水森。あんまりコイツにべらべら喋んな。変な噂立てられるぞ」

「ちょ、酷くない?人を悪い噂立ててる諸悪の根源みたいに」

「事実だろ」



 うちの会社は別に社内恋愛禁止という訳ではない。だから誰と誰が付き合おうが、とりたて問題は無い。それは俺と水森の場合も同じだが、俺達は付き合ってることを周囲に明かさなかった。面倒を避けたかったからだ。

 人は他人の色恋沙汰に敏感だ。付き合ってることがバレたら、周りから騒ぎ立てられるのは目に見えている。周囲からもてはやされる事を苦に感じないのならそれでもいいが、俺達はそうじゃない。むしろその事で、互いの立場や環境が変わってしまう事を恐れた。
 俺にとって水森はもう、『ただの彼女』じゃなくなってる。仕事のパートナーとしても彼女の存在は頼もしく、支えになっている部分が大きい。
 水森の仕事に対する姿勢は俺の理想そのものだった。堅実で努力家、だけじゃない。今ある能力でも十分高い位置にいるのに、彼女はそこで満足しない。自分の得意分野である『情報』を糧に、もっと知識を広げよう、無限にある情報を全部得ようと、貪欲なまでに追い求めようとする。ただただ自分に与えられた仕事だけをこなしているだけの常人とはワケが違う。
 水森の最大の武器は『情報収集能力』の高さだ。その自分の武器をちゃんと理解していて、尚且つ、それで勝負できるだけの頭がある。度胸もある。向上心もある。そんな彼女を、ただの一般企業のマーケ部門社員という名称だけで留まらせておくのはもったいない。
 彼女の武器は、俺が営業で生かす。ある種の使命感にも似た決意が胸を占めていた。

 仕事面において互いに最高のコンディションを保つ為、仕事場の環境というのは凄く大事だ。それを、惚れただの腫れただの、邪な噂や周りの冷やかしで邪魔されたくはない。仕事中は仕事の事だけを考えていたい、私情もプライベートも挟みたくない。それが、俺と水森の意見だった。



 ……という話を、一応、川井にも説明しておいた。理解はされないだろうと思ってはいたが、案の定ヤツは「真面目ップルか」という一言で流しやがった。まあ、コイツの事だからそういう反応だろうとは薄々わかっていたけれど。



「てかさ。ミズキチちゃん、ほんとにこんなクソ真面目ヤローでいいの?」

「はい。キリタニさんじゃないとダメなので」

「うわ。直球で色ボケきたよコレ。どうですか桐谷クン、彼氏として今の心境を一言どうぞ」

「さっさと川井が帰ってくれればいいなと思ってます」

「そもそもさ。ミズキチちゃんってどんな男がタイプなの?」

「え?」



 さらっと無視すんなよこの野郎。と思いつつ、その川井の問いかけに水森がなんて答えるのか気になった。
 好奇心丸出しの川井の視線と、俺からの視線を同時に受けている水森はやっぱり、安定の無表情っぷりだ。



「好みの男性のタイプ、ですか」

「うんうん」

「……」



 考え込むように、彼女の視線が天井を仰ぐ。少しばかりの沈黙が続いた後、あっ、と何かを思い出したように俺達に向き直って、水森は口を開いた。




「毛ガニを食べる時に、私の分もほじほじしてくれる人です」

「………」



 真顔で言う。
 川井の目が点になってる。
 アホ面全開だ。
 でも多分、俺もそれに近い表情になってる。



 ………好みの男のタイプ…………なのか?



「あと、カニみそ全部食べていいよってご馳走してくれる人だったら、とっても素敵だなあ」

「………」



 ……とっても素敵だなあ。

 ってソレただ水森がカニみそ食べたいだけだろ………。



「……あ、ああうんわかるよ。カニみそ、美味しいもんな!」

「はい」

「あの、あれな!毛ガニ食べる時、ほじくってたら手ベッタベタになるもんな!」

「はい」

「毛ガニほじほじ!いいね、優しい男って感じぃっ!」

「はい」



 必死にこの場を取り繕ってるハイテンション川井(ハイツとかコーポの物件名みたいだ)と、真顔で淡々と返事を返す水森の温度差すげぇな。
 そんな風に思っていたら、最後に川井が俺に目を向けた。



「桐谷」

「なんだよ」

「お前は今後一切、カニみそを食うな」

「……」



 俺が理不尽すぎるだろ。



・・・



 夕方から雨、という予想は少し外れた。雨雲が広がるだけで雨の気配は無かった。けれど、20時頃に店を出た瞬間にぽつぽつと降り始めた。その雫は途端に大降りとなり、俺達に容赦なく降り注ぐ。
 川井とは店前で別れ、俺は水森をマンションまで送り届ける為に車を走らせる。ぽたりぽたりと髪から滴り落ちる水滴を、助手席に座っていた水森がハンカチで拭いてくれた。



「ありがと」

「濡れちゃいましたね」

「いきなり降ってきたもんな」



 まるでバケツをひっくり返した様な降り方だった。濡れた箇所から急激に体が冷えていく。季節はもう初夏だというのに、この寒さは何事か。帰ったらすぐ風呂に入らないと風邪をひきそうな勢いだ。



「今日、ごめんな。アイツも一緒に行きたいって聞かなくてさ」

「いえ。私は楽しかったですよ」

「まあ、たまには2人以外でもいいかもな。賑やかで」

「はい」

「……結局、バレちゃったな。付き合ってること」

「いつまでも隠し通せるものでもないですし、仕方ないです」

「周りからなんか言われなかった?」

「色々聞かれたけど、適当にあしらいました」

「何か困ってることあったらすぐ言えよ」

「はい」



 俺の隣で、小さく笑い声をたてる。最近の水森は少しだけ、笑うようになった。誰といても基本的に真顔を崩さないけれど、俺と2人きりでいる時は、表情が幾分か柔らかい、気がする。
 もしかしたら、心許した人にだけ見せる素の部分なのかもしれない。以前であれば、彼女の笑い声なんて聞くことすら叶わなかった。随分と進歩したもんだ。

 雨で視界の悪い中、なんとかマンションまで辿り着く。本当に酷い雨で、叩きつけるような雨音が車内に響く。
 マンションの建物ギリギリまで近づいて車を停めた。ここなら、たとえ車から飛び出したとしてもすぐ建物内に入れるから然程濡れたりはしないだろう。



「じゃあな。また明日」

「……」



 けど、何故か水森は助手席から降りようとはしない。何の反応も無く、ただ俺をじっと見上げている。



「どうした?」

「……あの」

「うん」

「お部屋、寄っていきませんか?」

「え?」



 突然すぎる誘いに目を見張ってしまった。



「いつも送ってもらってばかりで悪いですし」

「気にする事ないのに」

「雨で濡れちゃったし。止むまで、おうちでコーヒーでもどうですか」

「……止むのかな、この雨」

「わからないけれど、さっきより勢いは弱まったみたいです」



 確かに、数分前までの豪雨に比べたら、外は静かになった気はする。が、問題はそこじゃない。水森のこの誘いが何を意味してるのか、俺にはわからなかった。
 言葉通りの意味なら、まあコーヒーくらいなら、と思える。けれど、別の目的の上で誘ってるんだとしたら、どう答えればいいのか。さっきまで柔らかい笑みを浮かべていた水森はいつもの無表情に戻っていて、その意図を探ることはできなかった。ならば。



「……じゃあ、折角のお誘いだし乗ろうかな」



 自分がどうしたいかを判断した結果だった。
 別に何かを期待していたわけじゃない。もう少しだけ一緒にいれる選択をしたまでだ。なんせ今日はどこかのアホが横やりしてきて邪魔なことこの上なかったから。
 一度水森をマンションの中に入れて、駐車場まで車を移動する。車から降りてから一気にマンションまで駆け出した。1階のエレベーター前で待っていた水森の表情がどこか緊張しているような面持ちに見えたのは、俺の気のせいだと思うことにした。

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