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08:23:19
08

お腹がすきました。 .. 17 *R15


 ――がっつく程の事じゃない、なんて。
 どの口が言うんだ、改めてそう思う。
 所詮、男の理性なんて豆腐のように儚くて脆い。

 少し。ほんの少しだけ、彼女に触れた。それだけだ。
 たったそれだけで、それまでの思考もプライドも理性も全部―――あっさりと崩れ落ちた。



「んっ……」



 ぽつりぽつり、雨の雫が小刻みに窓を打つ。
 テレビから漏れる、誰かと誰かの笑い声。
 それらの雑音も素通りする程に、彼女の甘い吐息だけを耳は器用に拾っていた。



 ほとんど勢い任せなキスだった。性急に追い詰めるような、それこそ余裕なんてまるで無い程の。噛み付くような、野生的な口付けに近い。
 まるで格好つかないし、優しさとはほど遠い。それでも水森は抵抗することなく受け入れてくれた。
 強引とも言えるキスに、それでも懸命に応えようとするその健気な姿に愛しさが募っていく。ふっくらと柔らかいその感触を直に味わって、飽きることなくその唇を堪能した。何度も角度を変えて繰り返されるそれに、彼女の息は徐々に乱れていく。
 苦しげな呼吸が口元から漏れて、そこでやっと唇を離した。肩で息をしている彼女の腰に腕を回して、力任せに引き寄せる。その勢いに押されて、ぽすんと俺の胸板に倒れこんできた水森を腕の中に閉じ込めた。もともと体が小さい水森は、すっぽりと俺の腕の中に収まってしまう。
 頭上に顔を埋めてキスを落とす。照れくさそうにしながらも、彼女の表情は柔らかく緩んでいた。頬を紅潮させて、胸元に頬を擦り寄せてくる。その愛らしい仕草に、また理性が掻き乱される。
 本当に、意図的にやってるんじゃないかと思う。こんな時に、滅多に見せない笑顔を見せるなんて。



「……なんか」

「ん?」

「キリタニさんじゃないみたい、です」



 そう言って、小さく笑う。



「……もっと余裕のある奴だと思った?」

「はい。……って、断言したら失礼ですね」

「いや。あながち間違ってない。そういう風に見られたくて、必死だったから」

「……?」

「わからないなら、それでいい」



 その意味深な言葉の真意を探ろうと、水森は俺の顔を覗きこんできた。けれど結局、彼女のしようとした事は徒労に終わる。俺が先に動いたからだ。
 腕に抱いた細い腰を引く。そうすれば、水森の体は後ろにバランスを崩した。その勢いのままに彼女の体をその場に押し倒す。倒れる直前に彼女の後頭部に手を添えておいたお陰で、頭を床にぶつける事はなかったようだ。
 薄茶に染められた艶やかな髪の束が、クリーム色のラグの上に無造作に散らばる。目を見張って俺を見上げてきた水森の上に覆い被さって、その額に熱を落とした。
 額から耳、頬へと唇を滑らせていく。くすぐったそうに身を捩らせた彼女が、俺に何かを伝えようと口を開きかけた。けどその言葉は音にならず、この空間に虚しく掻き消される。発しようとした言葉まるごと、俺が唇を塞いだから。

 彼女の髪に触れようと腕を動かした時、硬い固形物にぶつかった。緩く目を開けて目線だけ動かせば、見覚えのある真四角の機械物。テレビ用のリモコンだ。
 おもむろに手に取って、そのまま電源ボタンを消す。途端に周囲は静寂に包まれた。

 ぷつりと音の途絶えた室内では、互いの息遣いすら鮮明に耳に残る。啄ばむ様なキスのリップ音と、初めて聞いた彼女の甘ったるい吐息だけが艶かしく響いていた。



 いつか水森をこの腕に抱いたら、怖さも痛みも与えないぐらい限りなく優しくしよう。そんな理想のシチュエーションみたいなものはずっと頭に描いてた。
 けど実際はどうだ。何もかも自分本位のまま、強引に彼女に迫ってる自分がいる。理想の形とは全く違う。
 けれど一度鷹が外れた理性は到底立て直せるものじゃない。やめようとか、もっと優しくしようとか、そんな思いやりの一欠けらも胸に抱けなかった。最低だと思っても、ただ純粋に彼女が欲しい気持ちだけが先走って、その欲情のままに今、彼女を無理やり組み敷いている。

 口付けたまま、腰に触れていた片腕をゆるりと動かす。身体のラインを辿るように這っていく手が、彼女が着ているシャツのボタンに手を掛けた。小さな体に緊張が走った瞬間を、触れ合った口先から感じ取る。その一瞬の隙すら、俺は好機とばかりに利用した。強張った体とは逆に無防備になった唇を舌でこじ開けて、侵入を図る。



「……っん、ふ……」



 くぐもったような声すら甘い疼きになって体に熱が篭る。彼女の両足の間に片足を滑らせて、髪に触れていた手は顎を捉えて固定した。そうすれば、彼女が逃げることすら叶わない体勢に変わる。
 口付けは徐々に深くなっていく。戸惑いを帯びた舌を絡め取って、少し乱暴なまでに口内を蹂躙する。そうすることで彼女の中にある理性も崩していくみたいに。
 互いの口元から零れ落ちる濡れた音が、部屋に篭る濃密な温度を増していく。
 今の今まで、水森は一切の抵抗を見せなかった。もともと俺を誘ったのは彼女自身だし、ある程度の事態は覚悟していたんだと思う。俺が少し乱暴的だったことに動揺はしていたけれど、それらも全部受け入れてくれた。

 シャツのボタンを全て外してから服の中に手を滑らせる。しっとりとした肌は少し、汗ばんでいた。
 しつこいくらいに施したキスは彼女に熱を与えてしまっていたらしい。首元に顔を埋めて、すべらかな肌に唇を寄せた。ほんのりと香る甘い匂いに脳が痺れて、滅茶苦茶にしてやりたい衝動に駆られる。そんな破壊衝動にも似た本能を無理やり抑え込んで、鎖骨に舌を這わせて白い肌に吸いついた。ぴくんと体を震わせた彼女が、そこでやっと抗議の声を上げる。



「っ、キリタニさん、待って」

「……なに」

「……シャワー浴びてない、から」

「浴びてないから、何」

「か、体洗いたい」

「いいよこのままで」

「……えっ、や……でもっ……」



 胸元にキスを落とした時、一瞬だけ腰が浮いた。狙いすましたかのように、その隙をついて背中に手を滑らせる。辿りついた先にあったブラのホックを外せば、彼女が息を呑む気配が伝わった。締め付けを外したそれを両手でたくし上げれば、布で隠れていた部分が暴かれる。吸い寄せられるように、胸の項を口に含んだ。



「……あっ、」



 小さく跳ねた体と共に漏れた彼女の甘い声。口内の中で瞬く間に硬さを生じたそれを舌で転がして弄べば、その焦れったい刺激に体を震わせている。ちらりと視線を向ければ、口元を腕で押さえてこんでいる水森の姿があった。すっかり火照った顔は耳まで赤く染まっていて、瞳はぎゅっと硬く閉じられている。
 素直に声、出してくれればいいのに。そう思いながらも、押し寄せる快感の波を必死に耐えているその姿が初々しく見えて可愛かったから、そのままにして胸への愛撫を再開する。



 ―――その矢先。突然、スマホの着信音が鳴った。

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